お前の口から聞きたい。
愛してると、言って欲しい。
(…これは、単なる我が侭なのだろうか)
ふと思った。
自分は、千鶴に何度も気持ちを伝えているのに。
向こうは恥ずかしがって、曖昧な言葉しかくれないのだ。
好きだとは言われても、愛してるとは言われた事が無かった。
だから、余計に……
(聞きたい)
そう思ってしまう。
心から愛した女性に、こんなに振り回されるなんて考えてもみなかった。
何度も、心が乱される。
思わず目を伏せたその時に、聞き慣れた声がした。
「斉藤さん、夕飯の用意ができましたよ」
一緒に暮らして、もう幾日過ぎただろうか。
声を聞くだけで、愛しいと思うのを止められない。
でも、今は……
(何故、名前で俺を呼ばない)
すねた子供のような気持ちになって、ついついわざと無視をしてしまう。
「………………」
その様子に首を傾げた千鶴は、また呼びかけた。
「斉藤さん?」
食べないんですか、と問いかけてくる。
だがあえて無視をする。
一さんと、呼びかけてくれるまで。
「斉藤さんってば……」
寝ているんですか、という声が聞こえる。
少し困ったように微笑む千鶴が可愛くて、抱き締めたい衝動を必死に我慢する。
「…もしかして」
思い出したように焦り、千鶴はコホンと咳払いをした。
「一さん、夕飯ですよ。…行きましょう?」
やっと名前を呼んでくれて嬉しいが、その反面早く慣れて欲しいという気持ちもある。
「分かった」
とは答えるが、動こうとはしない。
「…何が分かったんですか?さ、行きますよ!」
腕を引っ張られる。
つい触れられて、抱き締めたい衝動がまた襲ってきた。
千鶴を腕の中に引っ張りこむ。
「は、じめ、さんっ」
焦る彼女の唇に、口付ける。
すぐに離したが、千鶴は真っ赤にくなっていて、体に力が入らないようだ。
「…何するん…ですか……」
恥ずかしそうに言葉を発する。
「…名前を呼び直したくらいで、俺の機嫌が良くなるとでも?」
「そ、そんなっ…」
何をすれば、と千鶴が言うと、俺は静かに呟いた。
「……愛してる。お前はどうなんだ?」
「は、恥ずかしくて言えませんっ!」
でも、聞きたいんだ。
「…無理矢理にでも、聞きたくなる」
そう言いながら激しく唇を奪う。
千鶴のぬくもりが、愛しくてたまらない。
唇を解放した時には、千鶴は消えそうな声で呟いた。
「…私も、愛してます」
俺もだ、と囁く前に、もう一度千鶴に口付けた。
言葉よりも。
貴方と、口付けを交わそう。