ぐいぐいと引っ張られるたびに、腕が少し痛んだ。

 

鬼の体といえど、痛いものは痛いのだ。

 

必死で逃げてきた道を戻る、それが腹立たしい。

 

 

「…離せっ!」

 

 

思わず掴まれていた手を振りほどく。

 

この男には絶対に好意を持てないと確信した。

 

 

「怪我が治ってねえだろ

 

 

鋭い口調と視線の所為で、上手く呼吸が出来ない。

 

言葉の内容を読み取れば、相手は心配してくれているのが分かる。

 

だけど、態度が言葉とは裏腹で、冷厳すぎる。

 

 

「ほら、怪我人は大人しくしてやがれ」

 

「…だ」

 

「何だ?」

 

「嫌だっ…!」

 

 

再度掴まれようとしたのを、力任せに振り払った。

 

鬼の体、その常人ではない力に相手は目を見開いた。

 

 

「怪我なんかしてない!早く…っ」

 

 

ここからだして、そう呟く。

 

帰りたい、思い出のある場所へ。

 

そう願うと、瞳からは涙がいくつも零れだした。

 

止まることを知らないかのように、頬を流れる。

 

 

「また、私を痛めつけるの…?」

 

 

消えそうな声で、不安そうに口を開く。

 

 

「また…体に穴をあけるの……?」

 

 

それとも、もっと痛いことなのだろうか。

 

 

「やだ…やだよ…」

 

 

またあの惨劇を繰り返す、それは絶対に嫌だった。

 

かつて鬼の一族が滅びた時におきた、あの痛々しい惨劇が、頭の中で蘇る。

 

自分を庇って次々と死んでいく人々、焼け焦げる体。

 

なにもかもが恐怖で、恐ろしかったあの出来事。

 

 

「……嫌だ………っ」

 

 

顔を覆っていた着物に吸収された涙が、じんわりと薄く見える。

 

不安で不安で、寂しくて怖くて、その場で震えている小さな生き物。

 

 

「………すまなかった」

 

 

男は、先ほどとは全く違う優しげのある声で謝ってきた。

 

自ら千歳に歩み寄ると、その震える小さな体を抱きしめた。

 

 

「もう何もしない。…だから」

 

 

寝ろ。

 

その言葉は、酷く優しく温かく。

 

今まで生きていた中で、もっともぬくもりがあった言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぬくもりが心まで蝕んだ。