行かなければならない状況だとは分かっている。
けれど、行けば終わりだとい状況でもあるのだ。
(…どう、しよう)
どうするべきか悩みに悩んで、逃げる事にした。
怪しまれるのは覚悟の上だ。
「…さよなら」
そう言って、くるりと背を向ける。
この際何処でも良かった、此処から離れられるなら。
「ってオイ!何処に行くんだよ!?」
後ろからは、先ほどの青年が声を張り上げて追いかけてくる。
その声に反応して、何人かの人間が騒ぎをかぎつけてやってきた。
(…失敗した)
瞬時にそう思った。
大人しくついて行った方が、まだましだったかもしれない。
まさかあんな大声を出すとは思わなかったのだ。
予想外過ぎて、少々面食らってしまう。
(逃げないと)
必死にそう思って、力の限りは知った。
長い廊下の角を曲がとうとして、少しスピードを落とす。
その時だった。
「うわっ」
よほど体力があるのか、青年は追いついていた。
着物を掴まれ、体を持ち上げられる。
ジタバタと暴れるが、どうにもならなかった。
「お前、なんで逃げるんだよ」
青年は、少し前より不機嫌そな顔で問いかけてきた。
理由という理由は見つからない。
先ほど言った言葉と、つじつまがあう言葉が見つからない。
「おい、黙り込んでるんじゃねえよ!」
イライラとした雰囲気が伝わってくる。
このままだと、何かされそうだと思った。
「…ごめんなさいっ」
千歳はそう呟くと、思い切り青年を殴り飛ばした。
後ろに倒れ、ドサリと気持ちよいくらい音が響く。
「いっ…てぇ…」
青年はそう呟いて、頬をさすった。
運良く、手を離してもらえた様だ。
千歳は、一目散に逃げ出した。
何度も人に見つかったが、なんとか逃げる事が出来た。
気が付けば外につながっているような門の前に辿りつく。
すぐさま出ようとするが、そこには思わぬ人物が居た。
千歳が飛び出すと同時に、門の傍に立っていたのだ。
「っ!お前…」
漆黒の髪をひらりとなびかせている、整った顔立ち。
すっきりとした鼻筋、細められた目元。
どれをとってもそれは美しく、男前だという表現がお似合いだった。
「ぁ…」
昨夜だったか時間は分からないが、手に五寸釘を打たれた時の記憶が蘇る。
ぼんやりと薄暗い蝋燭に照らされていた部屋で、漆黒の髪を持つ男を見たような気がする。
もしかして、目の前に居る、この男は。
「貴方、は…っ」
「どうして此処に居る!?まだ起き上がれるような体じゃなかったはずだ!」
小さく呟くと同時に、思い切り怒鳴られた。
体がビクンと震える、怖いと感じた。
「……どうして、って」
「理由はどうでもいい。とにかく、部屋に戻れ」
男はそう言うと、千歳の腕を掴んだ。
「大人しく寝てやがれ」
ずるずると引きずられるように、門の中へと連れ戻された。
芽生えたのは、小さな殺意と恐怖。