深い闇の中で、必死にもがいている自分がいた。
どんなに手を伸ばしても、光に届かない。
走っても走っても、あの光はまた遠くへと消えてしまう。
あの光を掴まなければ、また深い苦しみが待っているのに。
(……どうして)
何度も呟きながら走った。
光がだんだんと近くなる、あと少しで手に入れられる。
でも、やっと届いたと思って掴んでも、その光は消える。
夢の中だと分かっているのに、何故か涙が溢れた。
嗚呼、現実の世界でも、私は涙を流しているのだろうか。
そう思っていたら、視界が急に明るくなった。
「……ぁ」
最初に見えたのは、木材で作られた天井。
ぼんやりと眺めていると、やがてぼやけていた視界も戻ってきた。
体をゆっくりと起こしてみる。
痛みは無かった、鬼の力の影響だと思う。
布団に寝かされていた為、体力が戻り傷も治ったのだろう。
(…邪魔だなぁ)
体中に巻かれている包帯が鬱陶しくなって、ビリビリと破くように外す。
そこから見えた肌は、雪のように白くて傷一つ無かった。
ただ殴られたり打たれただけだ、そのような傷ならすぐに治る。
ただ、一つだけ厄介なのがあった。
(…右手)
痛みは全くと言っていいほど無かった。
しかし包帯を外すと、まだ傷は完全に治っていなかった。
青白い手に浮かび上がる、痛々しい大きな傷。
そっと指で傷跡をなぞる。
もう痛みはないし、傷も塞がっているのだから、明日には完治してしまうだろう。
安堵の息をつきながら、千歳は体に巻いてある包帯を全て外した。
布団の横には、自分が腰に刺していた刀があった。
二つとも無事で、綺麗に並べて置いてある事に安心する。
「…おかえり」
生死の境を共にした、愛しい刀達に微笑みかける。
刀は自分を決して裏切らない。
意思のある人間よりも、よっぽど信頼できる。
だから、千歳は愛用しているこの刀らが大切で大好きだった。
「……また、宜しくね」
呟いて、二つの刀に軽い口付けを落とす。
そっと立ち上がって、腰に刺した。
(…帰らないと)
帰る場所など何処にも無い。
けど、こんな場所にいつまでも居るわけにはいかない。
それに、此処にはもう居たくなかった。
昨日の事を思い出してしまう度に、不快感が増す。
(…殺してやる)
思い出すのは、漆黒の黒髪を持つ男。
昨日の晩に起こった事を思い出し、きつく唇を噛み締める。
殺したいとは思うが、むやみに人間は殺したくない。
血を流すのは嫌いだ、何にせよ、死んでも良い命なんて無いのだ。
だからその感情を押し殺し、千歳は部屋を後にした。
さようなら、もう二度と会いたくないよ。