とにかく顔を見られたくなくて。
これ以上近づいて欲しくなくて。
私は必死に走った。
夜になっても、朝日が昇っても。
がむしゃらに、とにかく走った。
「…はぁ……」
どれだけの距離を走ったのだろうか。
あたりはまだ明るい。
昨日からずっと走り続けたのだ、相当の距離はあるはずだ。
でも、どの方角で走って来たのかも覚えていない。
運が良ければ、何処か町に辿りつける。
(…体が、痛い)
あちこちが悲鳴をあげている。
早く何処かで休みたい、そう思った。
「何処だろう…」
ポツリと呟くが、返事をしてくれる人は誰も居ない。
改めて、自分が一人なのだと気づいてしまい、悲しくなる。
ただひたすら、前だけを向いて歩いた。
どれだけの時がたっただろうか。
ほんの一瞬だったかもしれないし、何時間もたっていたのかもしれない。
体だけではなく、心も悲鳴をあげている。
これ以上は歩けない、そう思った時だった。
「誰か其処にいるの?」
敵意を剥き出しにした、冷ややかな声がした。
疲れきってしまい、焦点があわない。
声のした方を向いても、ただ誰かそこに居るのだ、という事しか分からなかった。
「………誰」
疲れきっていた所為もあって、いつもよりも低い声になってしまった。
不機嫌だった所為もあって、冷ややかでイライラした態度も、声色に混じっている。
目の前に居る相手が、芝生を踏んでこちらに近づいてくる。
…刀を抜く力が、もう残っていなかった。
「誰って、それはこっちが聞きたいんだけど」
クスクスと面白そうに笑ってくる。
顔が見えない。あたりは暗くも無いのに。
「こんな所に居るなんて、もしかして迷子?」
「……違、う」
息が荒くなる、苦しい。
「じゃあどうしてこんな所に居るの?……こんな夜中の、京の町の外れに、さ」
答えられなかった。
この場所が京という事も初めて知ったのだから、当たり前だ。
「風間の……目指していた、場所……」
思わずポツリと呟くと、今まで殺気を抑えていた相手が、険しい声で問いかけてきた。
殺気が恐ろしいほどに出ている、何か失言でもしたのだろうか。
「風間って…風間千景の事?」
「だったら……何だよ」
ハハッと笑うが、乾いたような声しか出ない。
風間と知り合いだから、この者に一体何の関係があるのだろうか。
「……案内してあげようと思ったけど、気が変わった。君は僕が連れて帰る」
「何の、為に…?」
声を振り絞って聞く。
喋るだけでも、酷く体力を消耗してしまうようだ。
苦しくて、今まで涼しいと感じていた風が寒い。
「風間の知り合いって事は…君は僕の敵だね。この場で殺されるのと生かされるの、どっちがいい?」
その質問に答えようとした。
けど、体がそれを許さなかった。
もう声が出ない、苦しくて辛い。
「……どっち、で………も」
それだけ呟くと、その場にパタリと倒れた。
視界がぼやける中、目の前に居た人物は、楽しそうに笑っていたように見えた。
浅葱色の、美しい羽織が風に揺れていたような気がした。
このまま死ねるかもしれないと、夢見た。