風間はある女性を狙っている。

 

それはもう、変えようのない事実で。

 

少しだけ、ほんの少しだけ、泣きたくなった。

 

 

「私と風間は……ただの、知り合いです」

 

 

思わず嘘をついた。

 

本当は、将来を誓い合った仲だった。

 

けれども、自分が鬼の血が薄いという事実を知って、捨てられた。

 

風間の鬼の血は純血だが、千歳の鬼の血はそれの半分も満たないほど。

 

殆どが人間に近いこの体を、風間は疎ましく思ったのだろう。

 

 

「…殺してください」

 

 

悲痛な声が、響き渡った。

 

涙で視界が滲んで、世界が揺れたような気がした。

 

 

「風間は強い…とてもじゃないが、今すぐには殺せない」

 

 

彼は吐き捨てるように呟いた。

 

私が望んだのは、そんな答えなんかじゃない。

 

風間を殺して、何になるというのだろうか。

 

私が得をする訳でもないのに、何故。

 

 

「違い、ま…す……」

 

 

貴方は勘違いしている。

 

本当に、殺して欲しかったのは。

 

 

「…私、を……」

 

 

風間千景なんかじゃ、なくて。

 

他の誰でもない――

 

 

「私を、殺して下さい」

 

 

自分だった。

 

今更、何を信じて生きていけばいいのだろう。

 

何の為に、生きていけばいいのだろう。

 

たった一人の大切な人から捨てられて。

 

それでも生きていけるほど、私は強くは無い。

 

 

「早くっ…!殺して…!!」

 

 

何も考えたくなかった。

 

ただ、早く楽になりたくて、目の前の相手にすがりついた。

 

死にたかった、何もかも忘れて。

 

楔から解放されて、自由になりたかった。

 

そうすれば、幸せになれると信じていた。

 

 

「……お前は」

 

 

彼はそれっきり、何も言わなかった。

 

私も、何も言えなかった。

 

月明かりの照らす、静かな夜。

 

彼の沈黙が、ひどく優しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しくしないで、また誰かを信じてしまう。