永かったような、短かったような。

 

そんな眠りから解放されたのは、もう丑の刻を過ぎていた頃だった。

 

ゆっくりと起きて、あたりを見渡すと、最初寝ていた部屋と同じ所のようだ。

 

 

「………あ」

 

 

ぼんやりと月明かりの照らす部屋。

 

その部屋の隅の方に、誰かの穏やかな寝息が聞こえた。

 

おそるおそる、千歳は近づいた。

 

 

「……………貴方、は」

 

 

漆黒の髪を束ねた、端正な顔立ちの持ち主。

 

月光が彼の髪を照らしていて、不思議とそれは美しく見えた。

 

ぼんやりと、千歳は目の前の人物を見つめる。

 

人形のような整った顔立ちを見て、頭に何かが浮かんだ。

 

 

(…風間と……)

 

 

気の所為かもしれないが、少しだけ。

 

ほんの少しだけ、どこか似ているような気がした。

 

自分の思い込みかもしれないが、似ている気がした。

 

そんな事をぐるぐると考えていると、目の前の人物がこちらを見ていた。

 

 

「ぁ…」

 

 

いつの間に起きていたのだろうか。

 

千歳はうろたえて、後ろの方へ逃げようとする。

 

 

「待て」

 

 

その瞬間、部屋に凛とした声が響き渡った。

 

否と言えない、言わせない。

 

そんな雰囲気の、力のある声だった。

 

 

「…さっき、お前の包帯を変えようとした」

 

 

腕にしか傷は無かったから、と言い訳のような事をボソリと呟く。

 

きっと、服は着たままだった、という事を伝えたいのだろう。

 

今更誰に見られても、構わないのだが。

 

 

「…傷が無かった」

 

 

何故だ、といきなり距離を縮められて、問い詰められた。

 

答えるべきか、答えないべきか、悩んだ。

 

すると目の前の人物は、思いもよらない人の名前を呟いた。

 

 

「……風間千景も、傷の治りが早かった」

 

 

全身に稲妻が駆け抜けたような、そんな錯覚に陥った。

 

この人は、風間の事を知っている。

 

 

「…それは」

 

 

それなら、鬼についても、多少の知識があるのかもしれない。

 

どうすべきか迷っているとき、とどめとばかりの目の前の人物は口を開く。

 

 

「鬼」

 

 

何かが、胸に突き刺さったような気がした。

 

どうして、それを知っているのだろうか。

 

鬼という存在を、何故、この人物は。

 

 

「…風間千景が」

 

「そう、ですか……」

 

 

説明を遮るように、千歳は口を開いた。

 

全て悟った、風間がこの人物に情報を与えたのだと。

 

 

「……風間と、どうやって知り合ったのか…聞いても良いですか?」

 

 

千歳がそう呟いた。

 

目の前の人物は、ただ小さく頷く。

 

そして、先ほどよりも低い声で話し始めた。

 

 

「禁門の変を知っているな?」

 

「…つい最近起こった、あれですか……?」

 

 

そうだ、と男は頷く。

 

 

「風間千景とは、その前にも会ってる。…名前を知ったのは、この時だったけどな。どうやらあいつは、此処にいるある『人物』を狙っている」

 

 

狙っている、という事場を聞いて、千歳の鼓動は激しくなった。

 

風間が自分を見捨てた理由を、突きつけられた気がした。

 

 

「……それは、女性の方…ですか…?」

 

 

途切れ途切れに聞くと、男は小さく頷いた。

 

絶望が、押し寄せてきた。

 

風間が自分を捨てた理由が、ハッキリと見えてきた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、貴方と出会うんじゃなかった。