もしも、貴方の大切な人を天秤にかけられたら。
貴方の命と、大切な人の命、どちらかを選べといわれたら。
貴方は、どちらを選びますか?
「……うわぁ」
今日は午前中に家事を終わらせて、午後はゆっくりと読書に耽っていた。
昔から仲良しの、お千ちゃんから借りた、恋愛小説。
最初は全く興味が無かったのに、今では先が気になって仕方が無い、という自分がいた。
興味を持った理由は、主人公が土方さんとよく似ていたから。
「…不器用だけど、凄く優しい」
土方さんが、そのまま本に入っているかのように、凄く性格が似ている。
私はいつの間にか、夢中で本を読み出した。
すると、終わりに近くなった頃に、ある言葉が目にとまった。
『貴方は…もし私の命と貴方の命を天秤にかけられたら、どちらを選びますか?』
主人公の想い人が、そう呟いていた。
私は何か殴られたような衝撃が襲ってきて、そのままパタリと本を閉じてしまった。
「……私の命と、か…」
もしこの二択を迫られたら、土方さんはどう答えてくれるのだろうか。
そればかりが気になって、頭のなかをぐるぐると回っている。
「…私は」
迷わず言える、土方さんは私の全てだから。
だから、私の命で彼が救えるなら、すぐにでも差し出す。
けれど、彼は?
彼は私と同じように、思ってくれているのだろうか。
「………」
どうしようもない不安と寂しさが胸を襲う。
今すぐに、彼に会いたかった。
会って、確かめたかった。
「土方、さん…」
愛しい彼の名前を、そっと呟く。
すると、背後に誰かが歩み寄って来た気がした。
「何でまだ名字呼びしてんだ、お前」
不機嫌そうだけど、どこか優しさを帯びた、低くて心地良い声が響いた。
「ひ、土方さん…っ」
とっさに身構えると、彼は更に顔をしかめた。
まるで何か嫌な事があったのかのようで、凄く心配になった。
「土方さん…どうしたんですか…?」
おそるおそる聞いてみると、不機嫌そうな彼の顔はますます不機嫌になった。
私は何か、気に障る事を言ってしまったのだろうか。
「…歳三」
「え?」
「……いつまで土方って呼ぶつもりだ。長げえんだよ」
あ、と自分の失態に気付いて、すぐにぺこりと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい…歳三、さん…」
なんだか急に恥ずかしくなった。
名字と名前、たったそれだけの差なのに。
「…まあいい。それで、お前は何をしてたんだ?」
「あ、お千ちゃんに借りた本を読んでいたんです」
そう答えた瞬間、先ほどの疑問が浮かんできた。
天秤にかけられた二つの命、彼はどちらをとるのだろうか。
「……歳三さんは」
気が付いたら、彼に質問していた。
「………歳三さんは、私の命と自分の命を天秤にかけられたら、どちらを選びますか?」
「……命、を…?」
私はコクリと頷いた。
歳三さんは案の定、大きく目を見開いて驚いている。
無理も無い、私がこんな変な事を聞くからだ。
でも、彼は何と答えるのかが、知りたい。
「…お前は、どうするんだ」
「……私は」
迷わず貴方を選びます、と答えた。
それを聞いて、土方さんは嬉しそうに笑った後、少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「お前、分かってんのか?…お前の居ない世界が、俺にとってどれだけくだねえのか」
「……歳三、さん」
「俺は、お前も選ぶし自分も選ぶ」
そう言いながら、歳三さんは私をきつく抱きしめた。
「…俺が居なくなったら、お前の涙を拭くのは誰だ?……そんな役、誰にも譲れねえよ」
「………はい」
嬉しかった、常識に囚われずに、一緒に生きようと答えてくれた。
それがどれだけ私にとって、望んだ事なのか。
何だか涙が溢れて、私は歳三さんの胸で、静かに泣いた。
そんな私を、彼は優しく撫でてくれた。
意味の無い選択肢
選択肢は増やすものだと、貴方が教えてくれた。