穏やかな昼。
心地よい風。
花のように、笑う君。
「ねぇねぇ、平助君!」
「あ?なんだよ」
呼ばれて振り返ってみれば、そこには千鶴が居た。
花のように微笑みながら、後ろに隠していた手を、目の前へと差し出す。
その手に握られていたのは、鮮やかな花。
「ね、綺麗でしょ?永倉さんと出かけた時に、道端に咲いてたんだ」
何て名前なんだろうね、と呟きながら、千鶴は手に持っている紫の花を見つめる。
「菫じゃねぇーの?この時期だし」
「へぇー…そうなんだ、平助君は物知りだね」
「物知りっていうか…それくらい、そこらへんにいくらでも咲いてるって」
ちょっと馬鹿にしたように、ククッと笑う。
その姿にムッとしたのか、千鶴が拗ねたように口を開く。
「知らなかったんだもん…」
口を尖らせてしょんぼりとする彼女は、その菫よりも綺麗だ。
…可愛い。
素直にそう思ってしまった。
「………」
「…?どうしたのー?」
思わず見惚れていると、不審に思ったのか、千鶴が顔を覗き込んでくる。
つい驚いてしまう。
「うぉっ」
いきなり覗き込んでくるから、驚いてへんな声をあげてしまった。
千鶴は慌てて、手をパタパタと上下に動かす。
「え、え、いきなり何?」
「……お前がいきなり覗き込んでくるから、驚いて」
「ご、ごめんなさい……」
シュン、となってぺこりと謝られて、良心が痛んだ。
「い、や…別に、平気だし……」
しどろもどろにそう答える。
焦ってしまって、声が裏返りそうになるが、なんとかそれだけ伝えた。
可愛いな、と意識しだしてから、まともに顔が見れない。
「……どうしたの?」
またも不審に思われ、顔を覗き込まれる。
「うわぁっ」
「あ、ご、ごめん」
またやってしまった、というような顔をして、千鶴はパッと平助から離れた。
「顔、覗き込まれるの嫌い……?」
「いや、別に、そんなんじゃ……」
「嘘、なんか嫌がってる」
悲しそうに呟かれ、平助は焦った。
このまま嫌われてしまうのではないだろうか、と思った。
「別にそんな訳じゃねーよ!」
大声で、本音を言う。
「じゃあどうしたの?さっきから、何考えてるの?」
「いや、それは……」
バツの悪そうな顔をする平助を見て、千鶴はますます不審がる。
そして、更に悲しそうな顔になる。
「……悩み事?なんなら、私が相談に…っ」
「いや、そんなもんじゃないから、さ…」
話すほどの事でもないし、というと、千鶴は泣きそうな顔になった。
どうしたらいいのか分からなくて、平助はオロオロするが、それで状況は変わるものではない。
消えそうな声で、千鶴は平助に問いかける。
「……私には、話せないことなの?」
「うっ……」
しょんぼりとする千鶴がいたたまれなかった。
自分は、もっと笑った顔が見たいと思うのに。
泣かせたくない。
泣かせたいわけじゃない。
「お前が…」
「え?」
「お前がっ!」
ぶっきらぼうに、平助は目線をそらして答えた。
「お前が花よりも綺麗だな、って…そう思っただけだよ!」
華の如き君は、美しい。
だから俺は再び君に恋をする。